第一話 歯車じゃない
上役目線なのが新鮮。花咲舞、アキラとあきら、銀行総務特命とこれまでに読んだ銀行を舞台にした作品では若手が主人公で上司に振り回されて、手柄を奪われ、責任を押し付けられて、不祥事に巻き込まれそうになる話だった。この話は上役目線なのが新鮮だった。主人公の古川は高卒の叩き上げで、どぶ板営業を頑張り支店長に気に入られ、副支店長までなった。本部の目標に疑問を感じることもなく、真剣に達成し出世しようとしていた。家族もおり、良い暮らしをさせたかった。銀行のシステムの中ではまともな人なのかもしれない。古川からみたら反発的な小山は頭がおかしいように見えるかもしれない。花咲舞シリーズだったら古川が懲らしめられるパターンだけど、古川視点の話なので、違和感を感じつつもラストまで楽しく読めてしまう。
部下の無茶な主張を真正面に受けてはだめ。古川は、小山から顧客に損をさせるような投資信託を売りたくないと言われて、激怒してしまう。古川は本部の指示通りに成果を上げて出世してきた。その存在を否定された気がしたのかもしれない。小山が指摘したのは、本部が決めた投資信託の販売についてなので、小山に自分一人の名前で本部あてに意見書を書かせて、本部から処分される形なら古川の責任にはならなかったのかなと思う。古川は支店の仕事を全うして銀行自体に貢献する。小山は本部の決めた方針を否定して、その事を古川に突き付けている。それを正面から受けてしまった古川の判断ミスかな。もちろんそれがなければ物語が始まらないけど。
第二話 傷心家族
群像劇。第一話は副支店長の古川目線の話で、第二話は融資課員の友野の話だった。古川は成績の悪い融資課を目の敵にしていたので、友野目線になるとはっきりと悪者に見える。池井戸潤作品に感じる良さの一つは、登場人物の多いことで大きな話を読んだ気になれる事だと思う。はっきりと群像劇になり面白く読める。
家族に肩身の狭い思いをさせたくない。第一話の古川もそうだけど。家族がいて大事にしている。仕事で出世して収入を増やすだけでなく、社宅も豪華になる。夫人同士の人間関係でも上になれる。銀行が設定するヒエラルキーに適応した人たちの感覚が辛そうに感じる。第二話ではトラブルを乗り越え友野は成果を上げて、昇進し家族が喜ぶ姿が目に浮かぶが・・・。不幸がありそうな予感を残している気がした。
第三話 みにくいアヒルの子
被疑者の心理描写が楽しめる。主人公の愛理は生活は苦しいが、性格は真面目である。第一話の印象から主人公が犯人の可能性を考えてしまう。恋人との関係を良くするために無理をしている事から、犯行の動機はあるかもしれないと考えた。本当は主人公が犯人なのかもしれないと考えつつも、心境に共感しながら読むのが面白かった。短編だからいろいろと試しているのかな。
第四話 シーソーゲーム
落ちがやばい。そして全く気付かず読んでしまった。第一話と二話で強引なキャラだった古川のやさしい面がでてきて、不思議な感じはあった。その他のキャラも主人公を応援していて、読んでいて失敗ばかりだけど上手くいったらいいなと思っていた。にもかかわらず、この落ちは強烈だった。振り返ると途中で主人公が自分にエールを送るあたりから、怪しいかった。人柄はいいけど仕事ができない人の悲惨な末路という感じ。銀行では苦しい事になるだろうなぁ。
第五話 人体模型
本人の努力次第とは言えないのかどうか。失踪した”男”について、本部人事の酒井は資料から人物像を想像するのが前半の内容。”男”は仕事の内容によって成果を上げていたこともある。しかし、以前の勤務支店では上司との相性が悪かったことが不幸の原因であったという話だった。その後は意に添わぬ担当を続け、出世とは無縁の銀行員人生を送る。本人の努力だけではどうにもならない場合もあるということ。一方で、銀行なら転勤があるから、チャンスが来るのを待つこともできたかも。上司とのトラブルがその後の不幸を引き起こすこともあるため、本人の選択次第ともいえる。事件にかかわる一人一人の人物像を一話ごとに詳しく描くのが今作の特徴だという事が分かってきた。
第六話 キンセラの季節
竹本は長原支店の融資課長代理だが、暫定的に営業課相談グループの面倒を見る様に言われて、不本意ながらその仕事をする。元々の課長代理である西木が以外に良い仕事をしている事と、三章で起きた現金紛失事故の真相に迫ろうとしていた事を知る。竹本もその真相に迫ろうとするが、転勤になる。章末に予想通りに妻は一緒には来てくれない。さみしい終わり方。今のところ全く救いがない。ただ、西木の失踪、現金紛失について話が動いていく感じはこみあげてきた。
第七話 銀行レース
検査部黒田の視点で話が進む。黒田は現金紛失事件と西木の失踪について調査し進展をみせる。
途中で”男”の話にかわる。”男”は、良い家庭で育ち、学歴優秀で、倍率の高い銀行へ難なく入行し、成果を上げていたが、気の合わない上司ともめて、いじめられて、休職し、復帰したが、出世コースから外される。満たされない心をギャンブルで埋めるようになり、大金をつぎ込み、家族から見放され、ついには職場の金に手をだす。
少し調べると銀行員はギャンブルを禁止されていたり、保証人になる事を禁止されている事があるそうですね。もちろん個人の自由でもあるから罰則はないのかもしれない。
現金が紛失したら監視カメラを調べるのが筋なのではないかなと思った。
第八話 下町蜃気楼
融資課の田畑目線の話。田畑は臨時検査で重要過誤が見つかり古川から強く叱られる。田畑は古川や九条が現金紛失を隠蔽したことを知っていて古川に反発しようとする。外資系金融機関への面接で内定を取りかけていて、辞める気でいるから強気になっている。この田畑みたいに転職を決めた人が内部告発してから出ていくようになったら不正も減るのかもしれない。または部下に押し付けたり、部下を巻き込んだりは減るのかしれない。
田畑は北川愛理と滝野が江島工業と交わした契約の資料を調べる。密かに調べているため、逸脱行為をしている。その時の愛理の凛々しく芯の強い感じに田畑は見とれている。花咲舞っぽいが、花咲舞ほどは図太くないイメージかな。
序盤から支店のエースとして名前だけはでていた滝野がついに登場して、”お前もかー!”と言いたくなる。
第九話 ヒーローの食卓
業務課長代理の滝野視点。滝野の妻は優しく、子供も滝野を慕っている。地方でのびのびと育ち、母も美味しい優しかった。父は地方で大手の会社に就職したので出世できず他責の負け犬と化した。銀行に入った時に、父から出世しろと言われたが、出世以外の役割もあると思った。最初の配属先の支店で上司ともめていじめられた先輩が飛ばされるのを見て、出世しないとつまらないと感じた。客を大事にしないなりふり構わない仕事で成果を上げた。反社の石本から金を受け取るまでは、優秀な銀行員だった。
滝本は銀行の現実に合わせて、なりふり構わず成果を上げて出世した。その結果、上に立った自分を特別視して、石本からの金を受け取ってしまった。それからは石本らを利用して最後は利用されてしまう。一度関係をもつと抜け出せないというやつですな。
第十話 晴子の夏
パートの晴子の目線で失踪した西木、逮捕された滝野の背景を眺めていく。晴子はお見舞い金を渡すために西木の社宅を訪問する。そこに西木の家族はおらず、隣人から家庭状況を知らされる。明るい西木の別な面が明らかになる。晴子は滝野の起こした事件の報告書を作る資料を用意するために、滝野が石本と知り合った時の支店を訪ねた。滝野が石本との取引を開始する前から、西木は石本と業務の取引があった。
晴子は騙されたのは滝野で石本は逃げて、西木もどこかで生きているのではないかと推測する。たしかに、三章で現金紛失が起こった時に、愛理を根拠なく無条件にかばったのも滝野や石本の状況を知っていたからかもしれない。雑誌の付録の指紋とかは、石本らの事を知っている事を気づかれないための工作だったのかもしれない。